財産を不動産として所有する方法は、現金や預貯金として保有することに比べて評価額が下がるため、相続税対策として有効です。
しかしながら、所有する不動産の相続については、亡くなった方の自宅を同居の親族が相続する場合などを除くと、相続税額をさらに下げる節税は期待できません。
また、生前贈与についても、夫婦間の自宅贈与なら非課税枠が利用できるものの、それ以外のケースでは所有している不動産の贈与税軽減は期待できません。
今回のブログでは、所有する不動産について、相続税額を下げるというよりも、より有効活用する視点から、生前贈与と相続を比較した事例を紹介します。
■相談内容■
相談者は、2人の子が数年前に独立し、ご自身は年金を満額受給できる年齢になった女性です。
3カ所のセカンドハウスがあり、そこから得られる賃料収入は、生活にゆとりを与えてくれています。
2年前の夫の他界を機に、不動産全てを自分名義に相続登記したのですが、この先遅かれ早かれ発生する自分の相続について思案するようになりました。
いろいろ考えた結果、自分一人で生活するための収入に不安はないため、セカンドハウスを子どもに生前贈与したいとのアイデアをお持ちです。
というのも、子は開業したばかりで資金が必要な状態にあるため、不動産を贈与すれば、子がそれを担保として資金融資を受けることや、売却による資金化も可能とお考えです。
つまり、さらなる節税策を考えたいというよりも、所有する不動産をより有効に活用する方法として、生前贈与を選びたいが得になるだろうかとのご相談です。
また、不動産を生前贈与しておけば、相続時の財産が減るため、相続税を減らす対策にもつながるだろうと想像しています。
■ご提案■
親から子や孫への生前贈与は、年に110万円の暦年贈与や住宅資金の贈与、相続時精算課税制度などの節税策がありますが、不動産そのものを贈与する場合は税軽減の対象になりません。
まず、不動産そのものを贈与する方法は、選択肢から除外することを提案しました。
セカンドハウスを生前贈与する方法として、売却して現金を贈与することが考えられますが、売却に伴う税金や費用が発生するため、必ずしも節税につながるわけではありません。
選択するかどうかを判断するためには、生前贈与と相続の場合で税額や費用がどれくらいになるかを、具体的に比較することが重要です。
このため、一定の仮定を置きながら、それぞれの額についてシミュレーションを行って比較することを提案しました。
また、シミュレーションの結果から、収益性の低い2か所の不動産を売却し、その収入で費用や税金を賄いながら、非課税枠を利用する生前贈与を提案しました。
結果的に、余計な負担もなく、ご相談時に考えていたアイデアが実現できることになり、満足していただけるものとなりました。
不動産そのものの贈与は選択肢から除外を提案
居住用不動産やセカンドハウスを取得すれば、評価額が市場価格の7~8割に下がるため、現金で保有することに比べ、有効な相続税対策です。
しかしながら、不動産そのものを贈与する場合は、親子間なら税率が多少下がるほかには、特別な節税策がありません。
ちなみに、親から子への不動産贈与にかかる贈与税は、不動産の評価額が2,000万円の例で見ると、基礎控除110万円を差し引いた後の額に45%を乗じ、贈与税の控除額265万円を差し引いた額になります。
評価額が2,000万円の不動産を贈与すると、約586万円と高額の贈与税がかかることになります。
贈与税 = ( 評価額 - 基礎控除 ) × 45% - 控除額
= ( 2,000 - 110 ) × 45% - 265
= 585.5
まず、不動産全てを相続した場合に相続税がどれくらいになるか確認
生前贈与と相続を比較するためには、相続税の総額を知っておくことが大切なため、まずは全ての不動産を相続発生まで所有することを前提にシミュレーションします。
相続税を計算するための不動産は、自宅と賃貸用を合わせ4種類で、評価額は次のとおりです。
自宅マンションが2,500万円、賃貸用のマンションが2,000万円、以前住んでいた自宅マンションが1,800万円、相続した戸建住宅が1,500万円で、合計7,800万円です。
相続人が同居していれば、居住用と賃貸用の土地の評価額が減額される「小規模宅地等の特例」が適用できます。
この特例は、相続財産のうち、要件を満たす敷地のうち限度面積までの部分について、評価額から80%または50%減額できる制度です。
相談者の場合は、相続人である子ども二人がそれぞれ自宅を取得して独立しているため、適用できない状況が続くと仮定します。
また、不動産以外の財産として、月々の生活費と予備費を含め、300万円の現金を所持していたと仮定します。
相続税の基礎控除は、子二人が法定相続人となるため、固定額3,000万円と相続人それぞれ600万円ずつを加えて、合計4,200万円です。
この結果、相続税の課税対象となる額は、不動産の評価額から基礎控除を差し引き3,900万円です。
相続の課税対象額 = 相続時の財産 - 基礎控除
= 現金300 + 不動産評価額7,800 - 4,200
= 3,900万円
相続税の総額は、課税対象額を法定相続分で相続した場合の税額を計算し、合計する方法で求めます。
子一人の法定相続分は、合計の2分の1ずつですから、それぞれ1,950万円が課税対象額です。
それぞれの相続税額を計算すると、相続税率が15%控除額が50万円のため、243万円です。
それぞれの子の相続税 = 1,950万円 × 15% - 50万円
= 243万円(1万円未満は四捨五入)
この結果、相続税の総額は、法定相続分で求めた相続税額を2倍して486万円となります。
一部を売却して相続税を減額し、売却利益を贈与するシミュレーション
不動産全てを相続発生まで所有し続けた場合は、相続税の課税対象額が3,900万円、税額は486万円でした。
次は、計算の対象とした不動産のうち、収益性の低い2種類を生前に売却するケースのシミュレーションです。
収益性の低い2種類の不動産を売却したときは相続税が下がる
相続した1,500万円の戸建住宅と、以前住んでいた1,800万円の自宅マンションについて、生前に売却した場合の相続税を計算します。
相続発生時に残る不動産の評価額は、自宅マンション2,500万円、賃貸用マンション2,000万で合計4,500万円です。
現金と基礎控除は同じ条件で計算すると、相続税の課税対象額は600万円です。
相続の課税対象額 = 相続時の財産 - 基礎控除
= 現金300 + 不動産評価額4,500 - 4,200
= 600万円
相続税の額は、法定相続分で相続した額について計算することになりますから、子はそれぞれ2分の1で一人につき300万円が課税対象額となります。
子一人当たりの相続税は、税率10%で控除はないため、30万円です。
それぞれの子の相続税 = 300万円 × 10%
= 30万円(1万円未満は四捨五入)
したがって、相続税の総額は、法定相続分で求めた相続税額の2人分の60万円となります。
相続税は下がっても、同程度の売却費用と税金がかかる
相続前に収益性の低い不動産を処分することによって、相続税額を486万円から60万円に減額することが可能です。
しかしながら、売却時には税金や費用がかかるため、相続税の減額分より大きくなるようであれば、生前贈与を選んでも特にはなりません。
売却時にかかるのは、譲渡利益が出た場合の譲渡所得税と、不動産業者に支払う媒介手数料です。
媒介手数料は、次の式で上限額を知ることができます。
媒介手数料 = 売却価格 × 3.24% +64,800円
また、譲渡所得税は、売却で得た収入から、取得時の費用や売却するために要した費用を差し引いた残り、つまり利益があればかかることになります。
税率は、5年以上所有していた場合で20.315%、5年未満の場合で39.63%です。
売却価格がそれぞれの評価額程度と仮定して計算すると、売却収入は3,300万円で、媒介手数料に最大113万円程度かかります。
また、譲渡所得税は、一定の仮定に基づいて計算すると約290万円となります。
なお、一定の仮定は以下のとおりです。
・税率20.315%
・以前の自宅マンションは、取得価格と売却価格が同じで譲渡による所得ゼロ
・相続した戸建は、評価額と同額で売却し、売却経費は売却価格の5%
この結果、2種類の不動産を売却する際は、相続税が426万円程度下がる代わりに、仲介手数料と譲渡所得税で合計400万円程度の出費が見込まれることになります。
見方を変えると、生前贈与するために不動産を売却する場合も、相続によって与える場合も、かかる税や費用の合計額にそれほど大きな差がないことになります。
なお、収益物件の売却を行う場合、不動産会社への支払いや固定資産税がなくなる一方、家賃収入がなくなるため、一般的には収支に影響が現れます。
このケースでは、家賃を、固定資産税と維持管理費用、管理会社への支払額の合計額としているため、所有するにしても売却するにしても、実質的な収支への影響は考慮しなくて済みました。
家賃 = 固定資産税 + 維持管理費用 + 不動産管理会社への支払額
売却から得られた利益は、非課税枠を使って贈与
この売却で得られた現金は、非課税で生前贈与することができます。
子にしてみれば、相続税の負担が少なく、早い段階から遺産の恩恵を受けることができることになるわけですから、感謝されることでしょう。
したがって、不動産の売却収入を非課税で生前贈与すれば、相続時まで不動産をそのままにしておくことに比べ、損もせず、より有効に活用できると言えるのです。
非課税で生前に贈与する方法としては、目的や相手を問わない年間110万円までの暦年贈与が良く知られています。
また、相手や資金の使用目的は限定されるものの、最大1,200万円まで非課税の住宅取得資金贈与や、1,500万円まで非課税となる教育資金贈与などがあります。
なお、2,500万円までの贈与が相続時に一括して精算される相続時精算課税制度もありますが、生前の贈与額が相続時の財産額に加算されるため、このケースでは得策ではありません。
相談者への回答
相談者へは、ここまでのシミュレーションの結果を説明し、不動産を売却して得られた現金を贈与する方法をとれば、相談者のアイデアが実現することを説明しました。
また、生前贈与の方法としては、暦年贈与と住宅取得資金贈与の組み合わせを提案しました。
シミュレーションでは、売却価格を評価額程度と仮定しましたが、売り急ぎさえしなければ、一般的に評価額より3割程度高い市場価格での売却が可能です。
売却の手間はあるものの、相談者の意向を反映した不動産の有効活用が可能となるため、満足していただくことができる結果となりました。
まとめ
生前贈与は、必ずしも節税につながるとは限りません。
生前贈与が得か、あるいは相続発生までそのまましておく方が得かなどは、具体的に数値化した上で判断することが重要です。
なお、数値化する際は、売却価格や将来の税率、さらにはご自身や家族の寿命など、様々な仮定を置くことになります。
このため、比較には限度があることを知った上で、比較や検討の目安として利用することが大切です。
正確な税額や費用については税務署や税理士に、また、売却のための賃貸借契約解除などについては不動産会社などに相談することをお勧めします。